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2011 .12 .27

東日本大震災にかかる自衛隊の災害派遣が終了

自衛隊、震災被災地から全面撤収 原子力災害派遣も終結(asahi.com)
防衛省は26日、東日本大震災の災害救助で派遣されている自衛隊員を全面的に撤収させることを決めた。一川保夫防衛相が同日付で福島県内で最後まで続けていた原子力災害派遣の終結を自衛隊に命じた。
年の瀬も迫る12月26日。東日本大震災にかかる自衛隊の、すべての派遣活動が終了したとのこと。
災害派遣は岩手、宮城、福島、北海道、茨城など7道県が要請。9カ月余りで延べ約1066万人、ピーク時には1日約10万7千人の隊員が派遣された。この間に約1万9千人の人命を救助。約500万食の給食供給や約109万人の入浴支援などにあたった。
8月からは福島県の除染のみに縮小して続けられていた派遣活動も終了し、長きに渡った自衛隊の活動が終了しました。もちろん「完了」ではなく、区切りとしての「終了」ではあるけれど、3月11日の震災当日から厳しい任務に当たってくださった皆さんに、改めてお礼を言わせてください。ありがとうございました。

専守防衛という本来の役割から逸脱するような任務まで割り当てられ、さながら便利屋的な扱いも受けた自衛隊。それでも粛々と任務に従事する姿は、まだヘドロの臭いが漂うガレキだらけの地元(石巻)にあって、とても勇気づけられました。

給水や配給というモノだけではなく、ココは見捨てられていないという意味で。

各省の官僚が官邸に集められて急ごしらえの対策本部が設営された当初、的確な采配で官僚をまとめたのは自衛官だった、とも聞きます。

自衛官の働きは讃えられる反面、文民統制という観点では危うい点が露呈したことを意味します。また自衛隊を便利屋的に扱った判断も振り返りが必要でしょう。

震災は、原発事故や災害への備えに限らず、多くの課題を浮き彫りにしました。
それでも政治の動きは震災前とさほど変わらないように見えるのですが。

今なお被災地の復旧へ向けた道のりは遠く、社会の影響も大きくあります。
考え、行動し、乗り越えていかなければならない課題は山積みです。
(こうして文句垂れてるぼくを含め)

海の向こう岸では緊張が高まっています。そうした状況なので一時(いっとき)かも知れませんが、どうか休めるひとは休息を取って下さい>自衛隊員の皆さん

今までの支援、本当にありがとうございました。

▼参考リンク
東日本大震災に係る災害派遣の終了について(防衛省・自衛隊)
12月20日に福島県知事より、福島第一原発事故における応急対策活動が概ね終了したこと、また、16日に原子力災害対策本部が定めた工程表の「ステップ2」が完了したことを踏まえ、自衛隊災害派遣の撤収要請を受けました。

本日の原子力災害対策本部会議を経た上で、本日をもって、原子力災害派遣を終結し、自衛隊の東日本大震災にかかるすべての災害派遣は終了いたしました。
▼関連記事
自衛隊が完全撤収 原子力災害派遣も終了(MSN産経ニュース)
国内初の原子力緊急事態宣言を受け、北沢俊美防衛相(当時)が原子力災害派遣命令を発令したのは3月11日夜。陸上自衛隊中央特殊武器防護隊を中心に、これまでに延べ約8万人の陸海空自衛隊員が動員された。

原発派遣では、陸自のヘリ2機が3月17日午前、上空から4回にわたり、3号機に計約30トンの水を投下。17日から同21日にかけ、延べ44台の消防車が3、4号機に約340トンを放水し、原子炉の冷却作業に当たった。
野田首相は化けるかもしれない?(日経ビジネスオンライン)
御厨:はい。現場作業を担う自衛隊の若い人間がやってきて、決して威張らずに、「まず最初に何をやらないかいけないか決めて、何をするのかすぐにチーム分けをしましょう」と先頭に立って、指示を出し始めた。おかげで、財務省から経産省から国交省から総務省から、各省庁から送り込まれた文官の諸君は、自衛隊の若手の指示に従って、震災対応の作業をすぐにスタートできたそうなんです。
▼関連エントリー
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