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2012 .09 .10

日本のマスコミに蔓延する「官尊民卑」

日本のテレビ局はなぜ反原発の動きを報じ損ねたのか?(朝日新聞デジタル)
とかく一色に染まりがちと言われている日本のマスメディアにおいて、首相官邸前や各所で展開されている脱原発、原発再稼働反対を訴えるデモ・集会をめぐっては、メディア間にはっきりとした扱いの違いがみられるからだ。この違いはどのような理由によるものなのかを把握しておくと、そこに自ずと見えてくるものがあるのではないか。
うーん、、、長文の割りには「報じ損ねたのか」という主題に対する解は示されてないのでは。むしろ「報じてこなかった」背景に終始してると思うけどな。

さておき、TBSテレビ執行役員の筆者が本稿で長々と述べてるマスコミへの反省(と言い訳)の弁よりも、ニューヨーク・タイムズ東京支局長が著作で指摘している、日本のマスコミの報道姿勢の方がよっぽど的を得ていて納得できるものです。
日本での取材歴が長く、日本語も器用に操る彼は、近著『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』(双葉新書)の中できわめて本質的な指摘をしている。

〈私が12年間、日本で取材活動をするなかで感じたことは、権力を監視する立場にあるはずの新聞記者たちが、むしろ権力側と似た感覚をもっているということだ。似たような価値観を共有していると言ってもいい。国民よりも官僚側に立ちながら、「この国をよい方向に導いている」という気持ちがどこかにあるのではないか。やや厳しい言い方をするならば、記者たちには「官尊民卑」の思想が心の奥深くに根を張っているように思えてならない〉
「官尊民卑」でなければ「エリート意識」でしょうか。

昔は政治家の汚職をスッパ抜いて国民のために正義を貫こうとする姿勢もありましたが、まあ今は昔な感じもあります。部数や視聴率を稼ぐ手段はスクープだけじゃないと思いますし。個人的にマスコミには事実を淡々と報じて欲しいんですよね。

世界中ではたくさんの出来事が起きてるわけだし、トップニュースがどこも同じってところに違和感を持って欲しい。事件・事象の追跡取材も重要な独自性ですね。

ああそうか。ぼくが欲してるのは通信社とかニュース専門チャンネルなのかも。
タレントとか連れてきてコメント求めるようなニュース番組なんていらないもの。
〈3・11〉以降の歴史の大きなうねりの証言者となるべく、現場に足を運んで取材を続ける、発信を続けるのは、報道者としての基本の基本だろう。それがなぜできないのか。マスメディアに関わっているひとりひとりが考えるべき時が来ている。
芸能人の誰それが密会してるとか、政治家の発言の揚げ足取りに躍起になるとか、現地に出向かずスタジオで感想とも提言とも分からないコメントを言うだけの高給取りなキャスターとか、そんなニュースを眺めるほどヒマじゃないし、信用もしない。

逆に、そうした不満が解消された内容なら、値段にもよるけど有料もアリです。
(紙の新聞はかさばるから要らない)

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