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2012 .03 .04

客足が伸び悩む、石巻の「復興ふれあい商店街」

石巻中心部の仮設商店街、客足遠のく 震災、空洞化に拍車(河北新報)
昨年12月オープンした宮城県石巻市中心部の仮設商店街「石巻立町復興ふれあい商店街」の客足が伸び悩んでいる。前から問題となっていた中心商店街の空洞化が東日本大震災で一層進んだ上、PR不足や目立たない立地条件などが理由とみられる。商店街はイベントを積極的に計画し、客を呼び込みたい考えだ。
残念ながら、やはりそうか、というのが率直な印象。

石巻立町復興ふれあい商店街(石巻まちなか情報局)

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立町商店街は石巻駅前からつらなる立地にありますが、たくさんの人が行き交っていた記憶がありません。この場所にそもそも客足はあったのか? と思うのです。
開設から3カ月近くたつが、昼間でも人通りはまばら。全店平均の売り上げは震災前の約半分という。店主は「入り口にある駐車場の看板が商店街の視界を遮る」と不満を募らせるが、「地権者の意向で撤去は難しい」(商議所)という。
厳しい現実の背景には、中心商店街の空洞化がある。10年ほど前から閉店が目立ち、震災を契機に、シャッターを閉じたままの店が増えた。立町や中央などの中心市街地では震災後、約100人以上の人口が減ったとみられる。
モータリゼーションによる商圏の変化は、たぶん80年代ころから始まっています。
人の流れは駅よりも、クルマで立ち寄るロードサイドに移動してしまいましたし、三陸道の開通によりインター周辺には多くの宅地と巨大な商圏が誕生しました。
中心市街地の再生について、市は復興計画で重点プロジェクトと位置付け、民間主導の再生を目指す協議会も発足した。しかし、特効薬と呼べるものはなく、商議所は「企業努力を」と呼び掛ける。
なので商店街の衰退は震災に起因するものではなく、典型的な郊外化による商圏移動が原因。だからエンドーチェーン(の跡地に復興商店街を開設)も丸光(川沿いのため封地)もさくら野(現市役所庁舎)も閉店していった(ローカル過ぎますね…)。

人がいないところに商いは成立しないし、ましてやここは津波で浸水した場所。
昔からの土地で商売を続けたい気持ちは痛いほどよく分かるけど、人がいなくなった場所にしがみついても立ちいかないでしょう。「復興」の名のもとにメディアが取り上げたとしても、それはやはり一過的なブームでしかない。

「中心市街地」だったのは昔のこと。今は「旧市街」と呼ばれる場所なわけです。
そうした現実と災害リスクを踏まえて、商業エリアや工業エリア、住宅エリアの再配置を示すのが行政の役割と思うのですが、どうも石巻市からそうしたグランドデザインが出てくる気配がない。せいぜい既存の配置を元にした「復旧」どまり。

1年経っても遅々として進まない「復興」に、いささかやきもきしています。

▼参考リンク
石巻立町復興ふれあい商店街(東北の復興商店街へ行こう)
石巻のふれあい商店街で。(now and then)

▼関連エントリー
石巻市、「震災復興基本計画」推進に向け「震災復興部」を新設

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コメント (4)

うし:

旧市街地は、もはや年寄りが昔を思い出して懐かしんでいるだけの非常に狭い地域限定の話になってるんじゃないでしょうかねえ。

若い人は昔は中里に行って今は蛇田に行って買い物をしてますし、法務局もさっさと移転しましたし、そのうち税務署も移転しそうですけどねえ。

むしろ、三陸道が町内を走ってる河南、河北、桃生辺りに住んでいる人は、蛇田に市の中心が移れば便利でしょうから大歓迎でしょうねえ。

ちなみに、石巻イオンは東和(登米)辺りまでチラシを入れてるようですねえ。

うし さん、コメントありがとうございます。

ぼくは旧市街ど真ん中の出身なので切ない気持ちいっぱいで書いてるんですが、やはり事の本質を見誤ってはいかんと思うのです。

年を重ねるにつれ変化を避けるものですが、津波の再来に怯えながらも、どうしていいか分からないでいる市民も多くいます。

内陸への市街地の移転を打ち出すのは行政の役目だと思うのです。
反発はあるでしょうけど、命には替えられないことですからね。

誰かが憎まれ役を引き受けなければ、根本的には変えられないでしょう。

じげん:

こんにちは。蛇田出身で今は千葉在中のじげんと申します。

takashiさんのおっしゃる通りだと思います。

蛇田出身なので、意見するのに気が引けますが、現実、三陸道はあけぼの地区にあり、商圏は蛇田が中心になっています。
人が集まるところに、商圏が発展するのはどこでもそうで、石巻全体のグランドデザインが必要だと思います。

これは、都市計画の問題で、自治体がきちっとした再生計画を示すことが大事だと思います。

自分が考えるのは、
蛇田は、商業・行政地区として市政の中心地に据える。
立町・中央地区は、震災復興特区として、公園の整備や観光施設の建設、防災関連機関や防災学校の新設などの再開発を行う。
という大胆な配置転換が必要なんだと思います。

しかし、市議会は、地元権力者が多く、利権を守ろうとする動きが強い、とのうわさを聞きます。
そうではなく、震災から1年、今がチャンスととらえ、再生計画を進めていくべきではないかと思います。

小泉さんが総理大臣だった時も、賛否両論で、いまだに良い意見と悪い意見に分かれます。誰かが悪役になるか、若い人(20~30代)が立ち上がるしかないのかもしれませんね。

じげん さん、コメントありがとうございます。

地元から離れてしまっているので市議会のことは分からないのですが、市の予算では要望の全てを賄えないという理由をよく見聞きします。だから国や県に協力を要請しつ進めていくと「震災復興基本計画」にあります。

そうした中で早くも着手となりそうなのが石ノ森萬画館の改修です。
(市の予算1億5千万円、国の予算6億円、都合7億5千万円)

» 石巻百景: 石ノ森萬画館の改修に7億5千万円投入、石巻百景の調べでは76%が反対

すごい優先順位とスピード感だと思います。どこにグランドデザインがあるんでしょう。

震災から1年を待たずとも、機会はいつでもあります。誰も経験のない大仕事だもの、朝令暮改でプランを練りあげていくのでも全然いいと思います。
けど今の石巻市は思い込みと過去のしがらみの軌道修正ができていないように見えます。

東京で石巻の物品を売る人たち、現地から石巻の魅力を伝えようとする人たち、ボランティアで何度も現地入りしている人たち……震災以降、大勢の人たちが自分なりのやり方で行動しています。そうした人たちに触れるたびに、そんな中で自分に何ができるんだろうとずっと悩みつつ、自分の考えをまとめようと、こうしたエントリーを書いています。
そんなところに立ち寄って下さってありがとうございます。

今のところゲリラ戦ですが、伝える努力を続けていきます。

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