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2009 .03 .01

もう配信数はメルマガの媒体価値じゃないでしょう。

本当にメルマガを読みたいという人だけに届けなさい!(japan.internet.com)
見せ掛けだけの読者数でメルマガを送っても、期待できる効果は同じであるということだ。そうであるならば、実態を反映する読者数でメルマガを本当に読みたいと言う読者だけに届けるべきではないだろうか。
この記事で述べられてるのはメールからの直接収益のことだと思うんだけど、広告媒体としてのメールという観点でいつも思ってることを書いてみます。

記事で述べられてるのことはすごく当然のことなんだけど、残念ながらメール配信のコストが極めて安くなったおかげで、いまだにメールアドレスを獲得・販売する広告手法が後を絶たない。

この手の話しは費用対効果を目的として語られることが多いんだけど、そうすると1通あたりの配信コストが0.0何円なんて世界なので、たとえ配信通数が半分になったとしても削減できるコストの絶対額は微々たるものでしかないことも多い。なのでリストの削減も後回しにされることが多いと思う。

もちろん認知も売り上げも生まない配信リストを切ることでコストを削減すること自体を否定するわけじゃないんだけど、もっとブンランディングとか信頼を得る観点から論じられないものかと思ってる。
メールに反応しないだけで、メールが届いてることを認識してるひとも多いわけだし、そうした送られるメールに関心がなくなったひとにとってはスパムでしかないわけで。最近はケータイ向けのメールも多くなってるよね。

特に企業は、自分たちがどれだけスパムメールを配信していて迷惑かけてるかもっと自覚したほうがいい。自覚してても広告が売れるからってことでいたずらに配信数を増やそうとするのも、もうやめたほうがいい。メール広告であがった売り上げなんて一時のモノだけど、不快なメールを受け取ったことで失われる信頼はずーっと残るから。

もっとも広告を買うひとがいるからやめられないって理由もあるんだけど、そもそも簡単に、安く手に入るリストなんてそんなに価値を生まないよ。

メールの媒体価値も、もういい加減クリック率やコンバージョンレートが指標になっていい頃なんじゃないかな。発行部数を媒体価値に置き換えていた新聞広告みたいな発想から、成果(リスト獲得が目的なら、獲得したアドレスからの売り上げ)をもって媒体価値としていかないとトラフィックを圧迫するだけで結局、広告主も媒体販売者もユーザーも、誰もハッピーになれないと思う。

メール送信者、特に企業は、法律で咎められない範囲なら良し、と考えるのではなく、信頼されるサービスとしての倫理観で行動すべきですね。

▼参考リンク
特定電子メールの送信の適正化等に関する法律(総務省)

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